三、長二郎と美津の再会
芝神明宮の祭りは、半月後に迫まっていた。
長二郎は眉毛をピクピクさせながら境内をまわり、土産物店に近づくと「景気はどうだい」「儲かってるかい」などと、自信に満ちた声で話しかけている。
長二郎が大手を振って歩いていると、花露屋の手代が駆け寄ってきた。
「あちらの方が、先ほどから、お待ちでございます」
手代が指さす先には、大きなお腹を突き出した身重の女が立っている。
「絵師の歌川国久先生の使いだそうです」
「何だろう?」
絵を届けにきたにしては早すぎると思いながら、長二郎は女のもとへと向かう。
すると、突然、女が「あっ!」と叫んだ。
長二郎が驚くと、女がくすくすと笑った。
「忘れたんですか?」
「えっ?」
「ほら、汁粉屋で」
長二郎は女の顔をまじまじと見た。
「あっ、あのときの」
長二郎の〝ぷう〟を咎めた女だった。
「驚いたな」
女のあまりの変わりように、長二郎は度肝を抜かれた。
「そんなに、びっくりしないで」
女は恥ずかしそうに笑った。切れ長の美しい目は、あのときと変わっていない。長二郎は改めて女の腹を見た。
「ちょいと、やめてくれない」
あのときと同じ言葉を口にする。
「悪かったな」
長二郎は素直に詫びると、
「汁粉屋で働いていたんでは?」
その問いかけに女は、絵師の歌川国久に絵を習いに行っていたが、師匠のところへ行かない日は中村屋で働いていたのだといった。
「女絵師だったのか」
「まだ修業中よ」
女はそう言うと、お腹に手を当てた。
長二郎も、あのときの長二郎とは違う。引札書きとして認められ、花露屋の主人、喜右衛門から催しの『花の露娘六花撰』を任されていた。
「ところで、絵はどこに飾るんですか」
「あそこです」
長二郎は花露屋の空き地を指さした。
「あそこに野ざらしで?」
「いやいや、杭を四本立てまして、板を横に並べて打ちつけ、そこに屋根を付け、六枚の絵を飾ります」
「板に貼るんですか」
「心配ご無用!」
長二郎はいつもの調子を取り戻す。木枠でこしらえた額に絵を挟み、見やすいように並べて飾るのだと説明する。
それを聞くと女は首を左右に動かし、絵の配置を確かめている。
「うちの師匠の絵を真ん中に飾ってくれませんか」
「そう薮から棒に言われても」
「駄目ですか」
「駄目というより、絵は六枚ですから真ん中というわけには」
「真ん中なら右でも左でもいいわ」
「それは、他の絵師の方たちの絵も拝見しないと」
長二郎は格好をつける。
「そうね」
女はあっさり引きさがった。
「あの、もしや」
「なんですか」
「歌川国久師匠のおかみさんでは?」
「あたしが」
「そうじゃないんですか」
「そんなわけないでしょう」
「すみません、余計なことを言っちまって」
長二郎がぺこりと頭を下げると、女は口もとで薄く笑った。
「絵は、祭りの三日前に届けます」
そう言い残すと女は帰っていった。